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東京地方裁判所 昭和49年(モ)13342号 判決

債権者 秋山隆史

右訴訟代理人弁護士 黒笹幾雄

債務者 株式会社 マル正遠藤

右訴訟代理人弁護士 別府祐六

主文

一、債権者と債務者間の当庁昭和四九年(ヨ)第五六九八号債権仮差押事件について、当裁判所が同年八月一五日にした仮差押決定は、これを取り消す。

二、債権者の本件仮差押申請を却下する。

三、訴訟費用は債権者の負担とする。

四、この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、債権者

主文第一項掲記の仮差押決定を認可する。

二、債務者

主文第一項ないし第三項と同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1.被保全権利

(一)債務者は、平柳錦子に対し、次の約束手形一通を振り出し交付した。

金額 五、〇〇〇、〇〇〇円

支払期日 昭和四九年一月三〇日

支払地 東京都中央区

支払場所 株式会社住友銀行 浅草橋支店

振出地 東京都台東区

振出日 (白地)

振出人 債務者

受取人 (白地)

(二)平柳錦子は昭和四八年一〇月二二日杉浦秀雄に、杉浦秀雄は昭和四九年一月三一日債権者に、それぞれ右約束手形を裏書譲渡した。

(三)右約束手形の振出日欄には「昭和四八年八月三〇日」と、受取人欄には「平柳錦子」と、それぞれ白地を補充する記載がなされた。

(四)債権者は、右約束手形を現に所持している。

2.保全の必要性等

債権者は、右約束手形を満期に都民銀行神田支店を介して支払場所に呈示したが、その支払を拒絶され、債務者は、右手形についての不渡処分を免れるため、社団法人東京銀行協会(第三債務者株式会社住友銀行浅草橋支店扱)に金五、〇〇〇、〇〇〇円を預託した。

債権者は、債務者に対し右約束手形金の支払を求める訴をすでに提起しているが、右預託金が債務者に返還されると、本案で勝訴の判決をえてもその執行にはなはだしい支障、困難の生ずるおそれがある。

よって、本案判決の執行を保全するため、債務者が第三債務者に対して有する右預託金返還請求権を仮に差し押さえる必要があり、右仮差押を命じた主文第一項掲記の仮差押決定は相当であるから、これを認可する旨の判決を求める。

二、請求原因に対する認否

1.債務者が平柳錦子に金額五、〇〇〇、〇〇〇円の約束手形を振出した事実は認める。しかし、その支払期日が昭和四九年一月三〇日であったとの点は否認する。債務者が支払期日を昭和四八年九月三〇日として振出したところ、後に平柳錦子がその振出日の記載を昭和四九年一月三〇日と改ざんして右手形を変造したものである。

平柳錦子から杉浦秀雄、杉浦秀雄から債権者への各裏書譲渡の事実は認める。ただし、杉浦秀雄から債権者への裏書譲渡の日時は、昭和四九年一月二三日である。

債権者が右手形を現に所持していることは認める。

2.右手形の支払が拒絶されたこと、債務者が不渡処分を免れるため金五、〇〇〇、〇〇〇円の預託金を預託したことは認める。

三、抗弁

1.対価の欠缺等

(一)債務者が本件約束手形を平柳錦子に振出したのは、銀行に担保に差し入れるための手形を貸与して欲しいとの平柳からの依頼によるものであり、右手形は平柳に銀行からの金融を受けさせるため何らの対価の交付を受けないで振出されたものであるから、債務者は平柳に対しては右手形の振出人としての手形金支払義務を負わない。

また、手形を振り出す際、平柳は、債務者に対し、右手形を支払期日の三日前に債務者のもとに持参して返却する旨を約した。従って、平柳は右手形を右の期限前にかぎって他から金融を受ける目的に使用しうるにとどまるものというべきである。

(二)ところで、債務者は、本件手形の支払期日を前記のとおり昭和四八年九月三〇日として振り出したのであるから、債権者の主張する平柳錦子から杉浦秀雄、杉浦秀雄から債権者への各裏書はいずれも期限後の裏書であって指名債権の譲渡の効力しか有しないこととなり、従って、債務者は右の(一)の事由をもって債権者に対抗しうる関係にある。

2.錯誤

債務者は、本件約束手形を振り出す際、金額を「500,000」と記載するつもりのところ、チエックライターの操作を誤り、「5000,000」と「0」一個を余分に誤記してしまった。従って、債務者の本件手形振出行為は、その要素に錯誤があるため無効である。

四、抗弁に対する認否

全部否認する。

第三、疎明〈省略〉。

理由

一、手形の振出について

1.債務者が平柳錦子に対し金額五、〇〇〇、〇〇〇円の約束手形を振り出したことについては当事者に争いがなく、右手形の手形要件のうち支払期日の点を除いては債務者が債権者の主張を明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきである。また右手形が昭和四八年一〇月二二日平柳錦子から杉浦秀雄に、さらにその後杉浦秀雄から債権者に、それぞれ裏書譲渡されたこと、債権者が右手形を現に所持していることについても当事者間に争いがなく、債権者主張の白地補充の点については債務者が明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきである。

2.そこで、本件手形の支払期日の点について考えると、甲第一号証の一の本件約束手形上には現在では支払期日が昭和四九年一月三〇日である旨の記載がなされているものの、いずれも債務者会社代表者本人尋問の結果によって一応真正に成立したものと認められる乙第二号証および第三号証によると、右手形振出の際平柳錦子が債務者に対して差し入れた借用書や債務者の手もとに残されている本件約束手形の控(いわゆる手形の「耳」)には、いずれもその支払期日は債務者主張のように昭和四八年九月三〇日である旨の記載がなされており、さらに甲第一号証の約束手形を、その成立について争いのない乙第五号証の債務者会社で使用しているチエックライタによって打刻された数字の記載の態様等にてらして仔細に検すると、手形の左上に当初貼付されていた収入印紙を後に剥離してそこに新たな印紙を貼付しなおした形跡が歴然としていること、金額欄の「5」と「0」の間に「0」が後に挿入された形跡があること等本件手形のうえに変造が加えられたことをうかがわせるような点をいくつか発見することができ、またその成立について争いのない乙第四号証の一や前記乙第三号証に記載のある債務者会社代表者の筆跡による字体をみると、同人の記載した「8」の字を「9」と、「9」の字を「1」と改ざんすることは比較的容易であることがうかがえる。以上のような事実に債務者会社代表者本人尋問の結果をあわせ考えると、債務者は本件手形をその支払期日を「昭和四八年九月三〇日」と記載して振り出したのに、この手形を受取った平柳錦子が後にその記載を「昭和四九年一月三〇日」と恣に改ざんしたものと一応認めることができ、この認定を左右するに足りる疎明はないものというべきである。

二、対価欠缺の抗弁について

1.債務者会社代表者本人尋問の結果および前記乙第二号証によれば、債務者は、本件手形を、平柳錦子に銀行からの金融を受けさせるため、同人から対価の交付を受けることなく同人に振り出し交付したものであること、その際、平柳錦子は本件手形を支払期日の三日前に債務者のもとに持参して返却する旨を約していたことを一応認めることができ、右認定を左右するに足りる疎明はない。

2.本件手形についての平柳錦子から杉浦秀雄への裏書が昭和四八年一〇月二二日になされたこと、杉浦秀雄から債権者への裏書がさらにその後になされていることについては当事者間に争いがない。そして、前記一の2に認定したように、本件手形の支払期日は昭和四八年九月三〇日であると認めるべきであるから、右の各裏書はいずれも手形法二〇条一項但書の期限後裏書として指名債権の譲渡の効力を有するにとどまるものというべきであり、従って債務者主張の抗弁は理由がある。

三、結論

以上の事実によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件仮差押の申請は、その被保全権利について疎明がないこととなり、また疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないので、さきに債権者の申請を認容してなした前掲仮差押決定はこれを取り消し、本件仮差押申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条本文、八九条、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 涌井紀夫)

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